SyZyGy -しぢじ-

ここ掘れニャンニャン

小惑星ロリータ, or Mistarry Doloress

ナボコフ 『ロリータ』のネタバレを含みます。カッコ内のページ数は若島正訳『ロリータ』(新潮文庫)のものです。

 

 

 

きみの名前には半ばムネモシュネー半ば星のゆらめきがある  ──ナボコフ 『賜物』

さまざま星座のいかなる諸相が順次考察されたか?  ──ジョイスユリシーズ

時がくれば銀河を繰り出し大熊を小熊と共に導き出すことができるか。  ──ヨブ記38:32

タマルは灰を頭にかぶり、まとっていた上着を引き裂き、手を頭に当てて嘆きの叫びをあげながら歩いて行った。  ──サムエル記下13:19

光はその玻璃(ガラス)を辷(すべ)りおり、滴って緑色の水溜まりを作る。  ──ヴァージニア・ウルフ「青と緑」

一つ一つの言葉は、何本もの道路が交叉する四つ辻のようなものなのである。  ──クロード・シモン『盲いたるオリオン』

切り裂き魔、霧吹き魔  ──CQ (from BUDDHA BRAND『人間発電所(Original '95 Vinyl Version)』)

Bear with me!  ──ナボコフ 『ロリータ』

 

 

 

『ロリータ』の著者として知られるウラジミール・ナボコフは、鱗翅類の研究者でもあった。歳の遠く離れた男性を魅惑する914歳の少女をニンフェット(nymphet)と呼ぶハンバート・ハンバートの歪んだ回想記であるこの小説によって富と名声を得て専業作家へと転じる前には、ハーヴァード大学比較動物学博物館でシジミチョウ科(Lycaenidae)やタテハチョウ科(Nymphalidae)、ジャノメチョウ亜科Neonympha属などの研究をしていた。特にヒメシジミ亜科の形態や分類に関する研究の評価が高く、ヒメシジミ族の蝶にはナボコフや彼の作品にちなんだ学名がいくつもつけられている。『ロリータ』の「中枢神経」の一端を担う小灰蝶Lycaeides sublivens Nabokovは彼自身によって発見された。

ナボコフは今日も宙を飛ぶ。

 

 

ナボコフの名がせられたのは蝶だけではない。チェコ天文学者Antonín Mrkosは、後にクレット天文台の同僚となるJana Ticháの提案を受け入れ、1985年に発見した小惑星7232番の星にNabokovと命名した。また、ナボコフとは直接関係ないが、彼や愛妻のファーストネームと同じ名前を持つ小惑星もある。小惑星1724番Vladimirと245番Veraがそうだ。スペルは違うが小惑星1302番Werraもドイツ語読みでヴェラである。

 

 

「星」といえば、『ロリータ』の訳者である若島正が『ロリータ、ロリータ、ロリータ』で強調したように、この小説には「明らかに「星のテーマ」と呼ぶべきものが存在している」。映画スターに憧れるロリータことドロレス・ヘイズの同級生にはStella(イタリア語で星)がいるし、人の身ぶりにも星に関係する修辞が用いられる。ドロレスがスキラー夫人として最期を迎えるグレイ・スターは、ナボコフ自身によって「作品の首都」と呼ばれている。

若島の指摘した箇所以外にも「星のテーマ」を成すものはそれこそ星の数ほどある。

日が暮れだすと現れる星のように、小説が終わりに近づくにつれてぽつりぽつりと姿を見せる花アスター(aster。ギリシア語で星)は小惑星(asteroid)を想起させる。その連想を保持したまま「記憶の女神ムネモシュネ」という言葉を目にすると、ナボコフの自伝に登場する蝶(Parnassius mnemosyne)だけではなく、小惑星57番のMnemosyneも頭をよぎるだろう。さらに、ハンバート・ハンバートが回想記を書きはじめたのが「56日前」(550頁)であることを知ると、基準となる日を合わせた57日間はムネモシュネの小惑星番号に合わせたものではないかという気がしてくる。ハンバートが獄死した11月16日の56日前は(最も遅い場合)9月22日であるが、この日は小惑星ムネモシュネが発見された日なのだから。母シャーロットによって記録された娘ドロレスの身長も57インチだ(192頁)。この測定が行われた1月1日はドロレスの誕生日であり、小惑星1番Ceresが発見された日でもある。ハンバートが初めてドロレスと出会う瞬間にシャーロットが口にした「the piazza」(69頁)は、この最初の小惑星を発見したイタリアの天文学者Giuseppe Piazzi、そして彼の名に由来する小惑星1000番Piazziaを喚起させる。

若き日のPiazziに天文学を教えたのはフランスの天文学者Joseph Jérôme Lefrançois de Lalandeであるが(小惑星Ceresの観測結果は彼にも送られている)、ナボコフ訳『エヴゲーニイ・オネーギン』の注釈にはこのde Lalandeへの言及がある。『賜物』や『処刑への誘い(断頭台への招待)』に記されるPierre Delalandeは彼の名に由来するのだろう。ドロレスを形容する「landlady」の文字順を入れ替えるとde Lalandとほぼ同じになる。Pierreは『ロリータ』においてメルヴィル海峡の岬の名前として現れるし(59頁)、道化師(pierrotはpierreから派生)の主題にもつながる。キリストの使徒ペテロに由来するPierreはPeter同様石や岩を意味する。『ロリータ』の登場人物で最も影の薄いピーター・クリストフスキイ(Krestは十字の意味)の名前が出る前後には石が現れる(ピーターの正体が気になる人は若島正『乱視読者の新冒険』所収の「電子テキストと『ロリータ』」参照)。アワーグラス湖のビーチでハンバート夫妻とジーン・ファーローが会する場面でのことだ(159頁)。シャーロットが事故死した翌日、ハンバートはドロレスと自分の血がつながっていることを匂わせるべくファーロー夫妻にある写真を見せる(178頁)。1934年4月に撮られた、大岩に座り髪をなびかせる愛人シャーロット。小惑星Peterが発見されたのは1934年4月4日である。

 

 

天体観測を続けよう。

ドロレスが母と暮らしていたヘイズ家はラムズデールのローン街342番地にある。シャーロットの死後、ハンバートと共にアメリカを旅してまわることになったドロレスが初めて彼と寝ることになるホテルの部屋は342号室(212頁)。彼女の失踪後にハンバートが記帳した宿泊施設の総数も342であった(439頁)。

小惑星342番はEndymion。ドイツの天文学者Max Wolfによって発見された。名前の由来となったギリシア神話のエンデュミオーンは、元々ドナウ川流域に住んでいたアイオリス人(Aeolian)を率いて海辺の地エーリスに渡り、そこでとなった。50人を超える子供の多さ(ナルキッソスが特に有名)、水のニュンペー(Nymphe)や月の女神セレーネーとの恋で知られる。エンデュミオーンが老いることに耐えられないセレーネーは彼の不老不死を願う。その結果、エンデュミオーンは若さを保ったまま永遠の眠りにつくことになる。

ハンバートはドロレスを筆頭とするニンフェットの不老を強く願っていた。1952年に17歳で死を迎えるのだから、彼女もまたそれ以上老いることはなくなった。ドロレスはエンデュミオーンと重ねられ、「342」は彼女の眠る場所と結びつく。342号室での出来事が描かれる章では、エンデュミオーン同様、老いることなく眠り続ける「眠れる森の美女」のアリュージョンもある。

宿泊施設342件に記帳したとハンバートが明かす第2部23章では、台帳に車の変わったナンバーが記されている。『詳註ロリータ』でアペル・ジュニアが言うように、「WS1564」や「SH1616」はウィリアム・シェイクスピアのイニシャルと生没年に因むし、「Q32888」と「CU88322」の数字を足すと52になる。シェイクスピアの誕生日を4月23日とした場合、52歳の誕生日に彼は亡くなった。52は『ロリータ』で頻出する数字である。ドロレスに捧げたハンバートの詩の行数やクレア・クィルティのシナリオ作品数が52であるだけでなく、彼らの没年もまた1952年なのだ(ちなみに訳者の若島正も1952年生まれ)。この小説内にはルイス・キャロルや彼の作品へのアリュージョンがいくつもあることから、52は『不思議の国のアリス』に登場するトランプにも関連づけられる。また、小惑星52番はEuropaであることから、ヨーロッパとの重ね合わせも考えられるだろう。しかし、ここで問題にしたいのは、なぜ2・3・8をこの順番で並べたかである。単に足して52になる数字を用意するだけなら3種類に限定する必要はない。配置の仕方も適当でいい。だがナボコフがそんな雑な仕事を自分に許すだろうか。確たるクオリティ・コントロールを貫徹する彼が?ここで鍵となるのはやはり小惑星である。

小惑星Endymionを発見したMax Wolfは他にどんな星を発見したのか見てみよう。小惑星328番Gudrun、888番Parysatis、889番Erynia、883番Matterania、832番Karin、323番Brucia…。ハンバートの言うように、「ナンバーは、たえず形を変える」。娘の身体測定値にこっそり1を加えたシャーロットのように、「Q32888」と「CU88322」の最後の数字を増やしてみよう。するとWolfが発見した小惑星の番号を重ねた数字になる。Q32/8/89、CU88/3/23。QやCUは小惑星の仮符号に使われる文字で発見時期や順番を示す。

ナボコフ自身が訳したロシア語版『ロリータ』では車のナンバーが「КУ6969」と「КУКУ9933」に変更されている。このヴァージョンでは「キャンプQ」が「Кувшинке(ロシア語でスイレン。学名Nymphaea)」と呼ばれ、「Ку(Ku)」と略される。この略語はクレア・クィルティ(Куильти)の愛称でもある。国を移るとCからKに変わるのは温度を連想する。「意味不明な華氏を子供の頃から慣れ親しんだ摂氏」(424頁)に直したハンバートに倣って華氏を摂氏にしてみよう。6969℉は3853.889℃、9933℉は5500.556℃。先ほどの逆でナンバーから1を引いてみると、6968℉は3853.333℃、9932℉は5500℃になる。小惑星385番Ilmatar、小惑星333番Badenia、550番Senta、500番SelinurもやはりWolfが発見したものである。これらの小惑星番号を重ねたものを摂氏とし、さらに華氏に変換した後で1を足したものがロシア語版のカーナンバーになっている。

ハンバートの命日である11月16日はWolfが小惑星Senta、Ortrud、Naëma、Vigdis(小惑星番号1053)を、コロンビア特別区でPetersがWashingtoniaを発見した日でもある。

これらの「言及は、もちろん役に立たない」。とはいえ、Wolfが見つけた他の小惑星に目を向けたことは非常に有益であった。彼は小惑星Lolaの発見者だったのだ。

 

 

ローラことドロレスの母シャーロットはハリウッド・スターのマレーネ・ディートリヒにどこか似ている。ディートリヒは映画『嘆きの天使』(1930)のヒロインを演じた。その役名がLola Lolaである。顔は母へ、名は娘へ。同じ名前が2度繰り返されるのはハンバート・ハンバートに通じる。Humbertは自身の名前をさまざまな形に変化させるが、そのひとつにHamburgerがある。Wolfは小惑星Hamburgaの発見者でもある。

同じく1930年公開の映画『ジャズ・シンデレラ 』ではJason Robards Sr.がHerbert Carter役を演じた。シンデレラは灰を意味するCinderに指小辞ellaをくっつけた名前だが、Wolfの発見した小惑星にもEllaがある。これは由来不明とされているが、発見者の1人であるA. Schwassmanのイニシャルを合わせたAschが低地ドイツ語で灰を意味することから、おそらくシンデレラに掛けているのだろう。Jason Robards Sr. を略すとJ.R. Srになり、『ロリータ』の序文を書いたJ.R. Jr.に近づく。ただしこの名前が使われるようになったのは、彼の息子Jason Robards Jr.が有名になってからのようだ。ロシア語版『ロリータ』ではJohn Ray Jr.からJr.が省かれているのだから、Sr.のないJ.R.でも問題ないだろう。

『ジャズ・シンデレラ』においてJ.R.演じるHerbertはDorothy Phillips演じるMrs. Consuelo Carterと親子関係にあるが、ハンバートと親子になったドロレスはビアズレー女学校校長からドロシーと呼ばれる。小惑星339番Dorotheaと341番CaliforniaはWolfによって9月25日に発見された。

1930年のジャズとシンデレラといえば、コロムビア・レコードから出たCharleston Chasersの『Cinderella Brown』もある。J.R. Jr博士の親友であり、コロンビア特別区法曹界に在籍するClarence ChoateClarkと所属や3Cが共通している。ちなみにジョン・キーツに強い影響を与えた人物にもCharles Cowden ClarkeLeigh Huntがいる。Charleston ChasersにはHarold "Scrappy" Lambert(縮めるとHambertになる)というボーカルがいるが、ドロレスの父ハロルド、そして『ロリータ』最終章でハンバートの筆名候補として挙がるLambert Lambertと同じ名前である。小惑星187番Lambertaの発見者は残念ながらWolfではなかった。

 

 

Max Wolfは天体写真を利用して小惑星探索を行う方法を確立した。これによって小惑星の発見速度が一気に上がった。肉眼観測で多くの小惑星を見つけていたオーストリアのJohann PalisaやフランスのAuguste Charloisを抜いて一時は最大の発見者となったが、やがて弟子(pupil)のKarl Reinmuthにその座を譲ることになる。

この4人の天文学者が発見した小惑星の中で興味深いものを列挙してみよう。

 

List of discovered minor planets

by Max Wolf

Carmen、Chicago、Laura、Lola、Kreusa、Violetta、Salome、Selene、Agnes、Clara、Seraphina、Nymphe、Ricarda、Richilde、Rosalinde、Elisabetha

 

by Karl Reinmuth

Li、Alstede、Piazzia、Sirene、Marlene、Christa、Arcadia、Magnolia、Viola、lilium、Tulipa、Ithaka、Margo、Rita、Atlantis、Aster、Sicilia、Nocturn、Margret、Hill、Brown、Peter、Beethoven、Klare、Wild、Carol、Chambers、Hermes、Werra

 

by Johann Palisa

Scylla、Kallisto、Rosa、Russia、Carolina、Lameia、Augusta、Huberta、Anna、Philia、Alice、Tamara、Misa、Melanie、Hammonia、Nora、Wolfiana、Scott

 

by Auguste Charlois

 Emma、Regina、Felicia、Margarita、Pierretta、Rosalia、Magdalena、Columbia、May、Apollonia、Ursula、Tea

 

 

初読時には誰もが読み飛ばすクラスメイト名簿をナボコフは『ロリータ』の中枢神経のひとつに数えている。ドロレスのクラスメイトの名前を文学ではなく天文学に紐づけてみよう。小惑星が重要な参照元であるならば、彼女たちの名前にも関わってくるはずだ。

 

 

Angel, Grace → 小惑星Angelina、Angelica

Austin, Floyd

Beale, Jack

Beale, Mary

Buck, Daniel

Byron, Marguerite → フランスの天文学者Marguerite Laugier (小惑星Riviera、Jean-Jacques、Hugoの発見者)

Campbell, Alice →  アメリカの天文学者William Wallace Campbell、小惑星Alice

Carmine, Rose → 小惑星Carmen、Rosa

Chatfield, Phyllis → 小惑星Phyllis(小惑星Charlotte、Dulcineaの発見者でありMax Wolf門下のPaul Götzにより発見)

Clarke, Gordon

Cowan, John

Cowan, Marion → 小惑星Marion506 smith dugan mabella ada wolf

Duncan, Walter → ドイツのエンジニアWalther Bauersfeld(Max Wolfと共に最初のプラネタリウムを発明)

Falter, Ted → 小惑星Theodore ultima thule 440 talbot

Fantasia, Stella → 小惑星Fantasia

Flashman, Irving

Fox, George → 小惑星Geogia、William Henry Fox Talbot

Glave, Mabel → 小惑星Mabella

Goodale, Donald → 小惑星McDonalda

Green, Lucinda

Hamilton, Mary Rose → 小惑星Hamiltonia、Rosemary

Haze, Dolores → 小惑星Dolores

Honeck, Rosaline → 小惑星Ursula、Rosalinde

Knight, Kenneth

McCoo, Virginia 小惑星Skylla、Virginia

McCrystal, Vivian → 小惑星Vivian

McFate, Aubrey

Miranda, Anthony moon 小惑星Toni

Miranda, Viola → 小惑星Viola

Rosato, Emil →ドイツの天文学者Emil Ernest 

Schlenker, Lena小惑星Lena

Scott, Donald → 小惑星Scott、McDonalda

Sheridan, Agnes → 小惑星Agnes

Sherva, Oleg

Smith, Hazel →天文学者Raymond Smith Dugan(小惑星Marion、Mabellaを発見)

Talbot, Edgar → William Henry Fox Talbot(ドーセット出身の語源学者。写真技術の発明者)

Talbot, Edwin 

Wain, Lull

Williams, Ralph → William Henry Fox Talbot、William Wallace Campbell、小惑星Wilhelmina

Windmuller, Louise → 小惑星Louisa

 

 

天体という補助線を引くことで特に輝き出すのはLull Wainである。作中に「lulled by Lo」とあるように、lullはbyとつながりロリータに結びつく。子守唄を意味するlullabyはlullとbyeが合わさったものとされるが、子供の命を奪おうとする悪魔リリスを追い払う言葉「Lilith abei」が由来だとする説もある。ロシア語ではLilithはЛилит(Lilit)になり、Lolitaと同じL-L-Tになる。Karl Reinmuthは彼の発見した小惑星1227〜1234番の名前に「G.STRACKE」というアクロスティックを仕込んでGustav Strackeに敬意を捧げたが、小惑星1066~1070番も頭文字をつなげるとLLTになる。リリスを主題にした詩をロシア語で書き、短篇「ヴェイン姉妹」で達者なアクロスティックを見せたナボコフならまず見逃さないだろう。

小惑星1181番Lilithはフランスの作曲家Lili Boulangerの名に由来する。この星の仮符号は、9月22日にWolfによって発見された小惑星884番Priamusと同じCQである。Clare Quiltyのイニシャルはここから来ているのかもしれない。ナボコフの従兄ニコラスは彼女の姉ナディアと知り合いであり、リリ・ブーランジェ記念基金の委員に名を連ねている。L. Boulangerでアナグラムを作るとL Anger blouになり、前述の映画『嘆きの天使』の仏題L’ Ange bleuに近くなる。

この作品の監督SternbergはLaurence Sterneと同じで星を意味する名前だ。ついでに言うと、『ロリータ』内でやたらトイレが出てくるのは、toiletがetoile(フランス語で星)を連想させるからではないだろうか。ツァーリ(Tsar)もstarのアナグラムである。キリル文字のсはローマ字のsに置き換えられることから、星々(astres)と女優(actress)のつながりが生まれる。『嘆きの天使』でローラ・ローラを演じたマレーネ・ディートリヒの持ち歌に「Lili Marleen」という曲がある。リリとマレーネ小惑星Marleneは彼女の名に因む。この星を発見したKarl Reinmuthは小惑星1825番Klareの発見者でもある。Karlのフランス語形はCharlesであり、その女性形がCharlotte。Lull Wainの苗字は北斗七星を意味する英語で、元の形はCharles' Wain(シャルルマーニュの戦馬車)である。シャーロットの名前は小惑星543番Charlotteだけでなく、北斗七星にも由来するのかもしれない。

おおぐま座の尾の部分にあたる北斗七星は、杓子や(広義の)スプーンのように見えることからBig Dipperと呼ばれる。こぐま座はLittle Dipper。マクシモヴィチ氏に倣ってスプーンの数を数えてみると、ハンバート夫妻の食事の場面でちょうど2本出てくる。ドロレスはスプーンを握らないがSpooneretteと呼ばれる。指小辞etteをlittleに変えればLittle spoonerとなり、Little Dipperに近づく。「Hazer」(135頁)をHazeに直すように、あるいは同級生Violaのお尻を万年筆で攻撃してviolにするように(83頁)、Spoonerからerを消すのもいいだろう。ちなみに「キャンプQ」はロシア語版『ロリータ』で「Кувшинке(スイレン。学名Nymphaea)」と呼ばれるが、この花の中にあるКувшин(水差し)はリトアニア語のkáušas(dipper、big spoon)に由来する。こぐま座には北極星Polarisがある。どこかdoloresに似ている。ドロレスはスペイン語で「痛み」を意味するdolorの複数形だが、ホッキョクグマ(polar bear)の複数形はスペイン語でosos polaresである。バ(bas)がボ(bot)に。6とpと凹面。polaresのaをoにし、pを凹面鏡に写すとdoloresになる。

シャーロットは北極のクマと何度も重ねられ、ドロレスはビアズレー(Beardley)女学校に通うことになる。クラスメイト名簿でドロレスの隣にいるHoneckは小熊に由来する。Milk bar「氷の女王」とbeerの広告。「北極を想わせる青い目」をした夫ディックとドロレスが向かったアラスカ(州都はJuneau)の州旗には北斗七星と北極星が描かれている。ニンフェットの出現しない極地(polar)へと近づいていく。「もっとも美しい」という意味の名を持つKallistoは出産直後にHera(=Juno)によってクマに変えられ、やがておおぐま座になる。母シャーロット(=大熊)に近づいていき、グレイ・スターで子供を産み、星となったドロレス。ドイツでは小惑星CeresをHeraと呼んでいたようだ。Junoの小惑星番号である「3」は作中で最も頻出する数字であり、ハンバートのもとから去った女性に付随して現れる。車のナンバープレートの数字も3種類であった。

 

 

小惑星204番Kallistoを発見したJohann Palisaは小惑星155番Skyllaの発見者でもある(2時5分前!)。スキュラはジョン・キーツ(享年25)の詩『エンディミオン』に登場し、グラウコスとの愛の物語を繰り広げる。エンデュミオーンの神話を大胆に作り変えたこの長大な詩は「A thing of beauty is a joy for ever」から始まるが、ナボコフはこの言葉を『偉業』や『見てごらん道化師を!』で引いている。『エヴゲーニイ・オネーギン』の訳注でも言及がある。『ロリータ』においても『エンディミオン』へのアリュージョンがあってもおかしくないだろう。文学者ハンバートはキーツに関する論文を書いているのだから。ギリシア神話におけるスキュラは元々非常に美しいニンフだったが、魔女キルケーに毒薬を飲まされ、やがて醜い怪物となった。ギリシア神話のエンデュミオーンをなぞるように、スキュラは『エンディミオン』でキルケーの魔法によって美しさを保ったまま水晶宮で永遠の眠りにつかされる。ハンバートに342号室で睡眠薬を飲まされ(その眠る姿は「水晶の眠りに幽閉されている」ようだ)、やがてニンフェットとしての魅力を失っていき、17歳の若さで死ぬドロレス。ナボコフはロシア語版『ロリータ』でSchillerをСкиллер(Skiller)と訳し、シラーではなくスキラーと読ませている。その理由はドロレスとスキュラ(Skylla、Scylla)を重ねるためではないだろうか。スキュラはMcCoo同様「犬の子」を意味する。Lena SchlenkerはCharles‘ Kennel(シャルルの犬小屋)のアナグラムである。Charles=Charlotteを犬とするならその娘は当然「犬の子」だろう。

一方ハンバートは海神グラウコスと重なる。浜辺で偶然見かけたスキュラに一目惚れをしたグラウコスはさまざまなアプローチをするが相手にされない。やがてキルケーに頼り薬の力を借りようとする。ハンバートはパーキントンの繁華街で、「青みがかった灰色の(glaucous)水族館の中を泳ぎまわ」るようにしてドロレスへのプレゼントを選び、睡眠薬の使い途について考えをめぐらせる(194-5頁)。ロリータの娘や孫娘たちと自分の未来の姿を想像した際には、その望遠鏡で「遥か彼方の時間」にいる「青い(vert)老人」を捉える(308頁)。その姿はスキュラの目覚めを1000年待った海の老人グラウコスを連想させる。エンディミオンがグラウコスを遠目に発見したとき、彼は青いマントで老いた身体を覆い緑の生い茂った大岩に座っていた。『エンディミオン』のグラウコスはエンディミオンの双子的存在(two beared bathers!)であり、スキュラとは別の形で彼をなぞる。342号室で眠る資格がある。ちなみに北極にはglaucous gullと呼ばれるオオカモメがいる。ミシガン州マキナックでも観測されているので、ハンバートが連絡船から目にした「大岩に集まる太った鷗」(280頁)がこの鳥であった可能性もある。

 

Glaucusは青緑色や灰色を意味する。ナボコフは『プニン』(1957)でシンデレラの靴はガラス製(verre)ではなくリスの毛皮製(vair)であり、青緑色をしていると書いた。ナボコフ作品におけるシンデレラ・モチーフは『ベンド・シニスター』(1947)から『アーダ』(1969)にかけて現れる。ディズニー映画『シンデレラ』の公開年に書き始められた『ロリータ』にもシンデレラのアリュージョンがある。その重要性を示すように、ナボコフは「シンデレラ」を作品のあちこちに隠している。ドロレスのクラスメイトLucinda Greenの文字順を入れ替えるとcinderelaが現れる。Lucindaの愛称CindyはCinderellaの愛称でもある。灰色(vair)だけではなく緑(vert)もシンデレラと関わりが深い。ドロレスのビアズレー女学校入学の際にハンバートがガストンから借りた灰色の家はヘイズ家とそっくりで、くすんだ緑の日よけ(dull green drill awnings)がある(312頁)。ロシア語版『ロリータ』ではこの日よけが「тускло-зелеными маркизами(dull green awnings)」と書かれていて、drillが失われている。この意味不明なdrillはなぜ英語版で必要とされたのか。それはこの日よけにシンデレラを隠したいからだ。シンデレラはフランス語でCendrillonだが、「green drill awnings」の「een」と「cen」の視覚的類似と「awn」と「on」の音の類似から、「een-drill-awn」を「cen-drill-on」のもじりとして捉えることができる。botのようなbasの発音。

 

『ロリータ』に3回登場する「drill」はどれもドロレスと関わりがある。演技の宿題として出された触覚ドリルを通じてドロレスはナツメヤシの実を拾う想像をすることになる(407頁)。『ロリータ』における日付(date)が重要なことは言うまでもないが、ナツメヤシ(属名はPhoenix)も英語でdate( palm)であり、作中たびたび言及される。聖書で灰をかぶるタマルはナツメヤシを意味する名前であることから、この植物も灰かぶり=シンデレラのモチーフ群に加えられるだろう。シンデレラの起源は古く、ストラボン『地理誌』にも片方の靴をなくしたエジプト人女性ロドピスとその靴を拾い持ち主を探して妻とするファラオの話が記されている。サッポーは彼女のことをドリカと呼んだ。Rhodopisは薔薇色の頬を意味し、Dorichaはメキシコのハチドリ(hummingbird)の属名に用いられる。ドロレスは薔薇で彩られ、行く先々に灰色のハチドリが現れる(278頁)。お嬢さま用靴下とサドルシューズの合計金額は4ドル37セント(466頁)。小惑星437番Rhodiaは薔薇の名を持つニンフに由来する。薔薇はアフロディーテの象徴でもある。この女神への讃歌を代表作とするサッポーは、最も古いエンデュミオーン物語(の断片)である「真夜中の詩(Midnight poem)」の作者とされる。夜空に輝く月とプレアデス星団(プレイアデス7姉妹に由来)からはじまり、「時は過ぎ/私は独り眠る(égo dé móna katévdo.)」で終わるこの詩にはモナがいる。寸劇「魅惑の狩人」の中でドロレスは、自分を森の魔女やの女神ディアーナ(Dianaの小惑星番号78はドロレスの体重と一致する)だと思い込む農夫の娘を演じ、催眠術によって7人の狩人を陥れようとする。しかしモナ・ダールが演じる最後の狩人に魅惑され、彼の目を覚まさせるべく、普通の女の子に戻ることを決める。モナの役は男性だが、少女同士の恋物語にも見えるだろう。ドロレスの役はスキュラやグラウコスを魔法や薬で籠絡するキルケーに重ねられる。キルケーは森の魔女であり、かつては月の女神であったとされる。ドロレスは女優志望だけあって、与えられた役を次々とこなしてゆくのだ。シンデレラ、カルメン、エンデュミオーン、キルケー、そしてスキュラ…。女性の同性愛を意味するsapphicやLesbianはサッポーや彼女の出身地であるレスボス島に由来する。『ロリータ』に登場するサファイア(Sapphoと同じくsáppheirosが語源)やLesterとFabianもサッポーへのアリュージョンかもしれない。サッポーの詩の大半は現存していないが、その断片から元の姿を創造的に復元してみせたのがBliss Carmanの『サッポー:抒情詩百編 (Sappho: One Hundred Lyrics)』(1904)である。その31番目の詩の一節では、鋳造された銀のとろける詩を歌う雲雀の声が死にぎわの者(mortal)に送られようとしている。料金を訊かれたモニークは銀の鈴(melodious silvery precision)や小鳥を思わせる声で「100(Cent.)」と答えた。ハンバートが交渉を持った80人のフランス人娼婦の中で、彼女は唯一本物の快楽を与えてくれた存在だ。モニークの名前の由来を遡るとモナ(μόνα)の原形モノス(μόνος)に行き着く。ちなみにSapphoの小惑星番号は80である。街娼たちは年齢をたずねられると「18歳」と答え、それを日に10回も繰り返す。18×10=180。Cent Quatre-Vingts。One Hundred Sappho。

 

『ペンタメローネ』(Lo cunto de li cunti)の「灰かぶり猫」(La gatta Cenerentola)では「灰」や「片方の靴」はもちろんのこと、ナツメヤシも重要な役割を持つ。Cenerentolaはバレエシューズも意味するようだ。犬好きのナボコフは『ロリータ』でも犬をよく出しているが、そのライバル的存在である猫も密かに登場させている。ニンフェットの特徴のひとつには「かすかに猫に似た頬骨の輪郭」が挙げられる。ドロレスの履くスリッパの上縁は猫の毛皮(pussy-fur)のよう。彼女の行くローラースケート場(каток)の中にも猫(коток)が2匹隠れている。作中でも言及のあるディズニーは、1922年にジュリアス・ザ・キャットという猫のキャラクターを作り、『シンデレラ』に出演させている。このジュリアスの元ネタとも言えるのがフィリックス・ザ・キャット。日本人にもなじみがあるこの猫はオットー・メスマーによって1919年に生み出された。フィリックスの名前はラテン語のfelix(幸福)とfelis(猫)に由来する。Felis the Chat-field。古びたものと灰色の結びつきを思えば、「old cat」と呼ばれるシャーロットも「灰かぶり猫」なのかもしれない。ひと世代前のシンデレラ。ヘイズ氏は靴のコレクターだった。「時計」や「カボチャの馬車」、そして「ガラスの靴」が現れるのはシャルル・ペローのシンデレラからだ。

ドロレスは灰色だけでなく青や緑も帯びることでシンデレラ度を増していく。キャンプ先のHour Glass(砂時計の意味)湖は「時計」と「ガラス」、そして「H(フランス語読みでアシュ)」が詰め込まれ、ロー(水はフランス語でl’eau)で満ちている。防水よ。Hoursの中にours(フランス語でクマ)がいるのも見逃せない。ドロレスがシンデレラならばネズミやカボチャの馬車がお供するはずである。ハンバートが初めてドロレスと出会う第1部10章でシャーロットはさんざん灰を散らす。ヘイズ家の向かいにあるリムジン(Limousin)の中にはmouseが潜む。Charllotteのcharは戦馬車を意味し、彼女の角張った顔(squarish face)にはsquash(カボチャ )の影がある。ドロレス初登場の時点でお膳立ては整っていた。彼女は母亡き後も自転車に乗り、サドルシューズを履き(saddleは馬の鞍も意味する)、時に靴を片方だけ脱ぎ、ハンバートからコーチ指導を受け(coachにも馬車の意味がある)、「リスの轢死体(squashed squirrel)」と口にする。そして口髭の生えた(moustache)著名な(famous)演出家に夢中になり、グレイ・スターで人生の幕を閉じる。

ナボコフはシンデレラをCinder(灰)とElla(小惑星)に分けてそれぞれのテーマを広く展開させた。Cinderはgrey、Ellaはstarであることから、GreystarはCinder-ellaの言い換えだと言える。『ロリータ』の首都である所以である。

 

中枢神経のひとつである「カスビームの床屋(Kasbeam Barber)」でもロリータは灰かぶりであった(gray lotion、must-ache-D)Oleg Shervaはlove gre ashのアナグラム。Glassesもある。シンデレラだけではない。Barberの中にクマが2匹いる(Bär bear)。ナボコフ家の紋章。子供が亡くなったのは30年前。ハンバートの回想記が書かれる30年前に出版された『ユリシーズ』では、死んだ息子ルーディがガラスの靴を履いてブルームの夢に現れる。ドロレスの生まれ故郷ピスキーからの距離も30マイル。小惑星30番Uraniaは天文を司る女神が由来。ムネモシュネの娘で未来予知が得意。泡から生まれたアフロディーテの別名。同性愛者を意味するUranistはこのUraniaから来ている。床屋が口角泡を飛ばしながら語った(bubbled)息子が亡くなったのは1919年。Max Wolfが天体カタログを出版した年だ。小惑星914Aphrodisiac!)番Palisanaを発見してもいる。この星名の由来となったJohn Palisaは小惑星Skyllaの発見者。2人ともクマに関する小惑星の発見者で見事な口髭。Two beard bathers。グラウコスとエンディミオン。Skyllaの語源はwolf同様「引き裂く」、そして「切る」だ。髪の毛を切って殺す。砂浜の散歩が好きなスキュラ。。Beach → B ache → bee ash。子音Bが執拗に繰り返されるのは、この破裂音に何か隠されているから。Bibbidi-Bobbidi-Boo。B。蜂はギリシア語でMelissa。ナボコフアメリカで新種の蝶を見つけてメリッサと命名した。Meliはハチミツ。Med-ocreは黄土色のハチミツ。クマの好物。ロリータの肌。Wolfの発見した小惑星541番Deborahもヘブライ語で蜂を意味する。アメリゴ・ヴェスプッチの苗字も蜂(vespa)。アメリカには蜂がつきまとい、その首都ではが身を潜める。B。ロシア語読みではヴィー。BeaVee。Max Wolfをキリル文字に変換するとМакс Вольф。Макс В。ローマ字に戻すとMaks B。文字の順番を入れ替えるとKas B M。Kas Bee M。Kasbeam。キリル文字とローマ字の混同は他の「中枢神経」でも行われている。イタリック体が手がかりの推理小説キリル文字тの斜体はローマ字mと見分けがつかない。母語がロシア語の人間なら「max」の「m」を「т」の斜体としてまず読んでしまうこともあるはず。ロシア系taxi運転手のMaximovich。彼の名前もまたMax Wolfから来てるのだろう。Is “Max” the keyword? PixieがPiskyになるように、Maxはmaskになる。Black mask's wolf-like profile。Макс В→ Мак с В→ McC V。McCoo、McCrystal、McСудьба(ロシア語で運命)。華氏(℉)を摂氏(℃)に。

運命の女神にちなむ小惑星Fortuneの小惑星番号をH・Hのように2度繰り返したのものが1919である。ナボコフ亡命の年。1616年シェイクスピアセルバンテスが死に、1818年にジョン・キーツが『エンディミオン』を発表した。ナボコフ訳『オネーギン』でも言及のあるフォントネル『世界の複数性についての対話』(1686)がラランドによって出版されたのも1818年。2020年は1935年生まれのローが85歳になる年だが、小惑星85番はIoである。小惑星の中でもっとも短い名前を持つのがIoLi(リー)。1日違いで発見された小惑星954番Liと955番Alstedeは双子のようなもので、発見者Karl Reinmuthの妻Lina Alstedeの名前にちなむ。Liをアナベル・リーと重ねるならAlstedeはドロレスだろう。AlstedeはLiから始まった。この小惑星が発見された8月5日は『ロリータ』の序文が書かれた日付と合致する。「1952年9月から10月にかけての日刊紙」を調べてみれば、小惑星1988番Deloresの発見が報じられているかもしれない。dolores、boleros、polares、qclares。凹面。J.R. Jr.のようにLiをLILIにして180°回転させると1717になる。Widowed Male、Widworth, Mass、Wolf, Max。WMWM → VVMVVM → 2020。Max Max。ハンバートによるドロレスの愛称(Dolly、Dolita、Dorothy、Lolita、Lola、Lo、L.)の頭文字をローマ数字として読んで合わせた1700は、Zvezdara(星の家)の小惑星番号と同じである。1947−1447=500。ドロレスの不在。Monique、Dolores、Charlotte、Leigh、Хумберт(Humbert)、Valeria、I。第1部1章の大文字(capitals)もローマ数字として換算すると3103(MDDDLLLLLLLLLLLLIII)になる。『ロリータ』の執筆途中に書かれた「ヴェイン姉妹」では最終パラグラフの語頭にアクロスティックが仕込まれていたが、『ロリータ』では最初の章の文頭が怪しい。何しろロリータは1月1日生まれであり、19世紀の初めの日である1801年1月1日に発見された小惑星1番Ceres(サッポーの亡命先であり、Skyllaの住むシチリア島で観測)と結びつけられているのだから。第1部1章で証拠品第1号を披露しようとさえしている。records of the number one。1に注目するしかない。文の1文字目をローマ数字として足していくと1802(MDLLLLLLII)になる。最後のIをロリータのように独立させ、我らがシャーロットのように1を加えると1801.1.1.になる。3つの“I”。章内の大文字から文頭の大文字を引いてローマ数字として数えると、つまり3103から1802を引くと1301になる。またもや数字の魔術師シャーロットのように1を足してみよう。するとナボコフの愛妻ヴェラが現れる。なお、小惑星1258番Siciliaも1302番Werra(ドイツのヴェラ川に由来)も発見者はKarl Reinmuthである。彼は小惑星1000番にCeresの発見者Piazziの名を、そして1111番には自身の名をつけた。Doloresへの愛を綴った回想記から(ハンバートより先に亡くなった主要人物である)Annabel Leigh、Valeria、Charlotte、Clare Quiltyを除くと245(小惑星Veraの番号)になる。

ヴェラに捧げられた『ロリータ』は序文・全33章の第1部・全36章の第2部を合わせた70章構成だが、LoのLにも逆立ちさせると(凹面!)70になる。「言葉の魔術師」ならIoとloと混同させるトリックも思いつくだろう。花咲く乙女のメタモルフォーズ。

『ロリータ』では日付がハッキリ記されていることは珍しい。その出来事がいつ起きたのかを知るには読者が自分で数える必要がある。第1部26章(195頁)では例外的に1947年8月15日(あたり)と明記される。小惑星26番ProserpinaはCeresとJupiterの娘に由来する。全70章のうちで最も短く、日付があり、「ロリータ」が9回も連呼されるこの異様な章にも何か仕掛けがありそうだ。

 

This daily headache in the opaque air of this tombal jail is disturbing, but I must persevere. Have written more than a hundred pages and not got anywhere yet. My calendar is getting confused. That must have been around August 15, 1947. Don’t think I can go on. Heart, head—everything. Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita. Repeat till the page is full, printer.

 

コンマやピリオドを一つの区切りとしてローマ数字を読みとっていくと、一文目は1002(DIID)と1001(IM)、第二文は1000(M)というように1ずつ減っていくのがわかる。8月15日に発見された小惑星1002番Olbersiaから1000番Piazziaへと遡っていくのだ。最後の文では、Piazziが発見したCeresの小惑星番号と同じ1(I)から始源を更に遡るサイファー(暗号、ゼロ)へと向かう。しかし、1000から1へと至るその過程では、第三文にある通り、「だんだん混乱する」(1000、1201、1000、601、50、50、50…)。語頭のローマ数字を読みとっても意味がなくなる。そこで読み方を変えて語頭(head)だけではなく語中(heart)のローマ数字もすべて(everything)見ていくとどうなるだろう。

 

Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita, Lolita. Repeat till the page is full, printer.

 

101、101、101、101、101、101、101、101、101。202、1。101×9+202+1=1112。101番Helenaと1112番Poloniaも8月15日に発見された小惑星である。『ロリータ』における日付と小惑星の発見日に密接な結びつきがあること、ならびにローマ数字の鍵としての有効性が改めて確認された。さて、ハンバートの望み通りに「LOLITA」を連呼していくとどうなるだろう。1010(Marlene)、1111(Reinmuthia)、1212、1313、1414(Jérôme)、1515、1616、1717、1818(Brahms。8月15日に発見)、1919、2020…。このあたりでやめておこう。アナベル・リーの苗字のスペルがLeeからLeighに変えられたのは、名前に潜むローマ数字をLolitaと同じ「101」にするためかもしれない(Annabel Leigh)。作中でも言及があるエマ・ボヴァリーは、蓮實重彦が指摘した通り、フロベールボヴァリー夫人』においてもその草稿や書簡においても一度もフルネームで記されることはなかったが、アナベル・リーもそうである。『ロリータ』では「アナベル」が17回、「リー」は(ポーの詩やロリータと重ねる形で)3回登場する(Miss Lee、Dolores Lee、Loleeta)。101×(17+3)=2020。『ボヴァリー夫人』における家族間の相互模倣や頻出する「3」は『ロリータ』においても現れる。ナボコフは蓮實に先んじていたのだろうか。

1947年8月15日(あたり)の1919日後にハンバートは死ぬことになる。彼がドロレスに出会った1947年6月からスキラー夫人に再会する1952年9月までの日数も1919日(あたり)であり、ロリータが亡くなる1952年12月25日は出会いから2020日後(あたり)である。

 

 

「中枢神経」であるカスビームの床屋にもローマ数字が仕込まれている可能性がある。何しろ床屋は頭に技巧を凝らす場所なのだ。一文だけなので文頭ではなく語頭に注目しよう。 今更ながらの引用。

 

In Kasbeam a very old barber gave me a very mediocre haircut: he babbled of a baseball-playing son of his, and, at every explodent, spat into my neck, and every now and then wiped his glasses on my sheet-wrap, or interrupted his tremulous scissor work to produce faded newspaper clippings, and so inattentive was I that it came as a shock to realize as he pointed to an easeled photograph among the ancient gray lotions, that the mustached young ball player had been dead for the last thirty years.

 

IVMVMIMMICIIICLM…。アラビア数字に直すと5266だ。1935年1月1日に生まれたロリータが1949年7月4日の独立記念日に失踪するまでの日数は5299日。これに例の1を加えたものがハンバートの詩にある5300日である(452頁)。シャーロットの裏稼業は非常に重要だ。ロリータの誕生から5266日目は1949年6月1日。ハンバートが床屋に来たのは同6月上旬だが、何日かまでは明らかにされていない。この月の出来事の中で最初に日付を特定できるのは、「運命のエルフィンストーン」に到着した夜にロリータが発病する27日。入院によって2年ぶりにハンバートから離れることになってからスキラー夫人として亡くなるまでの日数は、小惑星Doloresの番号と同じ1277である。このままローマ数字を足していくことで日付がわかるかもしれない。カスビームの床屋に訪れた日を特定できれば、きっと何か使い途があるだろう。そう期待して読み進める読者の前に無情にも「死(dead)」が訪れる。D=500なので一気に5766まで増えてしまった。すべてが水の泡だ。ここで読者は床屋の主人とともに息子の死を嘆くことになるだろう。彼が30年前に亡くなってさえいなければ(dead for the last thirty years.)、ローマ数字が5816という意味不明な数値になることはなかった。あのシャーロットですらもうどうすることもできない。私は本当にショックを受けた。瞬時に読み飛ばされるような一文を文字単位で注意深く重層的に読むことで、そこに描かれた悲嘆を読者が追体験することになる。ナボコフはそこまで計算していたのだろうか。恐ろしい。ちなみに二重の死を告げるDLをアラビア数字に変換すると、ハンバートの命日11月16日に発見されたSentaの小惑星番号と同じ550になる。また、ロリータが亡くなった日から5816日遡って魔法の1を足すと1937年1月23日になり、小惑星1426番Rivieraの発見年と582番Olympiaの発見日が現れる。眩いばかりの偶然の一致!刑務所の閲覧室(55頁)にあるディケンズのセット本だけ出版年がローマ数字になっているのは、IVXLCDMをローマ数字として読んで計算することを他の箇所でも読者に行って欲しいからだろう。IからMまでをすべて含んだMDCCCLXXXVIIを1887に直す過程で、読者にリマインドさせようとしている。このような鍵は『ロリータ』のいたるところにある。

 

ナボコフは「カスビームの床屋」を書くのに1ヶ月もかかったようだ。それはこの短い一文に『ロリータ』の重要モチーフや言葉遊びを旅行カバンのようにギッチリ詰め込むのに苦労したからかもしれない。私も苦労した。

 

 

Wolfは英語でもドイツ語でもオオカミ。フランス語ではloup。どちらも主にハイイロオオカミのこと。Ralph WilliamsのRalphもオオカミから来ている。Woolesyだってそうだ。羊毛をかぶったオオカミ。ロシア語ではvolk。Vladimir Nabokovでアナグラムを作るとオオカミが現れる。Divino abram volk。Volkoffはバレエ版『シンデレラ』の台本を書いた。その音楽を担当したロシアの作曲家プロコフィエフはスキタイ組曲「アラとロリー」(Suite scythe "Ala et Lolli")で知られる。鎌(scythe)は最初の小惑星Ceresを示す記号で、アラとロリーはアナ(ベル)とロリータを連想させる。1月1日がCeresとドロレスを結びつけたように、4月23日はシェイクスピアプロコフィエフをつなげる。同じ日の生まれ。パスポートに記載されたナボコフの誕生日もそうであり、天才子役シャーリー・テンプルもこの日に生まれた。『ロリータ』を絶賛し一躍有名にしたグレアム・グリーンは、かつて10歳に満たないシャーリーをマレーネ・ディートリヒと並べ、その性的魅力について語っていた。

ドロレスの生誕年にシャーリーが出た映画のタイトルに近い語句や役名は『ロリータ』にも登場する。たとえば『The Little Colonel』(1935)のElizabeth、Gray、Hull、Jack、Scott、Walker、そしてBecky 'Mom Beck' Porter。シャーロット(旧姓Becker)殺害計画を練る際には「(ブルドッグのような)小さな大佐」(little colonel)が現れる。Lloydeもドロレスの同級生Floyd(ウェールズ語で灰色を意味するllwydに由来)と重ねられる。『ロリータ』で頻出する数字50はVirginiaの小惑星番号だが、幻のニンフェットやポーの幼妻だけでなく、『Littlest Rebel』(1935)でシャーリーが演じた役の名前もまたヴァージニアである。ナボコフはVirginia Woolfの小説をすべて読破したようだ。「ヴァージニアの灯台」や「ヴァージン・ウール」はおそらく彼女へのアリュージョンだろう。ヴァージンなのはウールのセーターだけだとからかわれるドロレスは、無垢の象徴的存在であるシャーリーと正反対のようにも思える。しかしシャーリーが1947年の映画で女学生(Bobby-Soxer)やバーバラ(230頁)を演じていたり、『Dimples』(1936)の役名がSylvia Dolores Applebyであったことを考えると、ドロレスと重なる部分もあるだろう。シャーロットがマレーネ・ディートリヒとどこか似ているように。アップルグリーンの光に包まれるドロレスとリンゴの結びつきについては言うまでもない。ボビー・ソックスを履いて太古の果実をかじるローラ(106頁)。『ロリータ』には「斑」(dot、spot、dappleなど)のモチーフもあり、アナベル発疹チフスやドロレスのそばかすなどにも現れる。斑はフランス語でpommeleであり、リンゴ(pomme)を含む。頬骨(pommet)のかわいいドロレスは自転車に乗り、サドルシューズを履く。馬の鞍も英語でsaddleだが、鞍にはpommelと呼ばれる部位がある。斑と鞍と言えば、芦毛ラテン語Glaucus)の馬を想起するだろう。白馬の王子様がシンデレラの残した靴に目を留めるように、ハンバートはまずドロレスの食べたリンゴ、そして片方の靴下に注意を向ける。それからその持ち主と出会うのだ。ちなみに日本のロリータ服ブランドSherly Templeにもシンデレラモチーフの服がある。

シェイクスピアと誕生日が同じだという理由からではないだろうが、プロコフィエフバレエ音楽『ロメオとジュリエット』も作曲している。バレエ音楽では『道化師(Chout)』が最初の上演作だ。彼もニコラス・ナボコフの友人である。「Romeo」の名が出る章でハンバートは『ロシアン・バレエ』や『Clowns and Columbines』をドロレスにプレゼントする。ClownはChoutと同様道化師を意味する。ナボコフ 『プニン』によると、シンデレラの靴は本来鳩(columbus)色で、植物Columbineのような色をしているようだ。新大陸の発見によって中南米原産の植物がヨーロッパへ渡る以前のシンデレラには、当然ながらカボチャの馬車は登場しない。シンデレラの靴と馬車にはコロンブスの影が差している。ヴェスプッチの蜂とコロンブスの鳩はナボコフアメリカで飛び交う。ナボコフアメリカに帰化してから書いた『ベンドシニスター』から『アーダ』に至るまでシンデレラのアリュージョンを欠かさなかったのは、新大陸の発見者を意識してたからなのだろうか。ちなみにプレイアデス(Pleiádes)の語源にも鳩(péleia)がいる。グラウコスも「海原の若き鳩」と呼ばれる。Columbineの学名に由来するのが小惑星Aquilegia。この星を発見したのもMax Wolfの弟子Karl Reinmuthである。Reinmuthという名前は英語でCounsel senseという意味。DolphはCounsel wolfという意味なので、KarlとMaxの苗字を合わせた名前ということになる。あっ、Capitalの著者も1818年生まれだ。Reinはドイツ語でpure、muthはmothを連想させる。ユッカを形容する「so pure, so waxy」もワンチャンKarlと(作中でtaxiと重ねられる)Maxが念頭にあるかも。ユッカ蛾の「lousy」さの陰にオオカミ(loup)が隠れている。

 古代ギリシアでは現在のおおかみ座にあたる星々を「野獣(Therion)」と呼んでいた。聖書でリリス(Lilit)が登場する唯一の箇所にも「野獣」(wolvesと訳した英訳聖書も複数ある)が登場する。ハンバートによるロリータへの情欲は「野獣(beast)」と関連づけられている。彼の通ったリセ(lycée)は古代ギリシアのリュケイオン(Lykeion)から来ているが、さらに遡ると狼のアポロン(Apollon Lykeios)に行き着く。おおかみ座になったとも言われる半人半狼のリュカオンはおおぐま座になったカリストーやこぐま座になったアルカスと家族関係にある。ナボコフが発見した新種の蝶Lycaeides sublivens Nabokovの属名はこのリュカオン(ラテン語ではLycaon)に由来する。

 

『ロリータ』は愛妻ヴェラに捧げられた。ナボコフが初めてヴェラを目にしたのは1923年5月8日の慈善舞踏会である。彼女は黒いオオカミが描かれたマスクを決して外さなかった。ナボコフ夫妻はこの出会いの日を50年に渡って祝い続けた。

ハンバートがアナベルと出会ったのは1923年であり、ロリータの初登場時の身長は約58インチである。The Piazza! 小惑星1000番Piazziaは1923年に発見された。「58インチ」はH.H.とその小さな花嫁(bride=nymphe)を招いたゴア夫妻の住所(58 Inchkeith Ave.)にも現れる(466頁)。「Reginald G. Gore」でアナグラムを作るとginger aleとgrenadineができるが(ロシア訛りのせいでnが余計に入る)、これらを混ぜたカクテルはShirley Templeと呼ばれる。そのひとつ前の文には、ナボコフとヴェラが結婚した年が記されている。『ロリータ』が世に出る30年前の1925年。彼らの結婚記念日である4月15日はBliss Carmanの誕生日でもある。小惑星415番Palatiaの名前は宮殿(palace、palatial)や口蓋(palate)、アパラチアのモチーフと結びつく。夫婦の始まりと人生の始まり。人類の始まりにはリンゴが欠かせない。小惑星150番Nuwaもまた人類を創造した女媧に由来する。言葉にも起源はあり、ヴェラの旧姓スローニムの語源候補には象、谷、幕(カーテン、スクリーン)が挙げられる。これらのモチーフは作中繰り返し現れる。2つの小惑星ヴェラだけでなく、スローモーションのニンフェットも愛妻への言及かもしれない。小惑星Doloresはスペインの政治家ドロレス・イバルリにちなむが、彼女の愛称であるLa Pasionaria(パッション・フラワー、時計草)は中南米原産の花を指す。リンネ(L.)の『植物の種』(1753)に記載されたトケイソウにはヴァージニア産とヴェラ・クルス産がある。

小惑星58番Concordiaはローマ神話コンコルディアに由来する。この調和の女神に対応するのがギリシア神話ハルモニアー(アフロディーテの娘)である。Harmoniaの小惑星番号である40、あるいは「ハーモニー」は『ロリータ』内でたびたび登場する。ドロレスの知能指数121は小惑星121番Hermione(アナグラムがHarmonieを連想させる)と掛かっているのだろう。宇宙を感じさせる宮殿「Hotel Mirana」の文字順を入れ替えると「alto(=viola) in harem」や「alt harmonie」、そして「Harmonia」ができる。蛇となった夫カドモスに巻きつかれ自らも蛇となるハルモニアーの姿は、伏羲と蛇身を絡め合う創造神女媧に重なる。ナボコフはそこに妻の姿をも重ねたのかもしれない。彼の最大の理解者であり、支援者であり、ミューズであり続けたヴェラ。ハンバートが「私の物語」を締める最後の言葉に選んだのは「concord」であった(550頁)。

ヴェラによれば、ナボコフは自作に妻を出さない良識を持っていたそうだが、『ロリータ』に秘められた自分への愛に彼女は気づけたのだろうか。この複雑極まりない小説の暗号を解く鍵は、2人が共有する最初の記憶に不可欠なmaskwolfに他ならない。

 

シジミチョウは漢字で書くと小灰蝶であり、学名はオオカミに関連する。Cinder-ellaとWolfを両翼とするこの蝶は「中枢神経」のラストを飾るにふさわしい。その舞は灰(ache)から始源(arche)へと弧を描く。シンデレラを中心としたお伽話のアリュージョンを『ロリータ』で織り交ぜたナボコフによると、「偉大な小説というものはすべて偉大なお伽話」であり、「文学は、狼がきた、狼がきた(wolf, wolf)と叫びながら、少年が走ってきたが、そのうしろには狼なんかいなかったという、その日に生まれた」(「良き読者と良き作家」)。文学の産声ともいえるこの4文字が一度も作中に登場しないのを知って激しいショックを受けながらも、私は「Wolf!Wolf!」と繰り返しながら灰色のの痕跡を追ってきた。自らの虚構を信じだしてハンターの役まで買ってでたのだから、狼少年というよりはドン・キホーテに近いのかもしれない。「小説の起源」と称される作品の主人公は、さまざまな源流をたど(らせ)る『ロリータ』において、シャルルマーニュコロンブス(そしてヴェスプッチ)、ギリシアローマ神話の神々らと同伴するにふさわしいだろう。ドゥルシネーアの輝く星空の下、時計(Uhr)のはXII(zwölf)を差そうとしている。終わりの刻みが始まりとなり、円環的永遠を得る。O!エルフが消える。オオカミとクマがむ言葉の球場(Word golf course)を巡る旅はこれでおしまい。

ナボコフは今、地に舞い降りた。

 

【参考文献】

市川春子『図説 宝石の国講談社、2020年